ようこそ虚空間! RRRAAAYYYの紹介と感想

スマートフォンのゲームマーケットは、PCやコンソールのそれとはまた違った場所だ。
単純なもの、複雑なもの。普通のもの、変わったもの。
その勢いは衰えることを知らず、日々無数のソフトがリリースされている。

携帯電話のゲームをあまり遊ばない私にとって、そこは噂でしか知ることができない場所だった。
買い換える際にスマートフォンを選んだのは、それを実際に体験してみたかったからだろうか。
まあ、それはいいとして・・・

スマートフォンを買って間もなく、どのゲームを試そうか迷っている頃、
以前に読んで面白かった「ランチパックの本」や「原子力~」の著者が、iOS用のフリーゲームを公開すると聞いた。
私の電話はAndroidだったものの、その奇怪なデザインが気になったので、私は家族のiPadを借りてそれをプレイすることにした。

その名はRRRAAAYYY。
画面を彷徨う不思議な幽霊たちを退治していく、奇妙不可思議なアクションゲームだ。

○ゲーム紹介

rrraaayyy title

ゲームを始めたプレイヤーは、恐ろしいタイトル画面に出迎えられることになる。

ド派手な電光色を飛ばしながらぐるぐる回るゲームのロゴ。けたたましい8ビートの音楽。
画面の中央では、目玉模様の被りをした人物が、スタートボタンを押せと手招きしている。

その様子はネオン街の胡散臭い店、あるいは場末の屋台のようで、幽霊という陰気な存在には合致しない図。
いったいここはどこなんだ!

しかしボタンを押すと雰囲気は一転、全体が静かで神妙な空間に。
一面のかすみ色、意味深な模様や蛸のような生き物の画像がシンメトリーのように巡る背景。

魔界にでも飛ばされたのか、何かの上映風景なのか、それとも幻を見ているのか。
よく分からないが、ここがゲームのメインフィールドであることは確かだ。
ここをさまよう幽霊をタッチして消滅(成仏?)させること、それがプレイヤーの任務である。

ただし障害が二つ。

1.幽霊は見えない。
2.幽霊は特定の順番でなければ消せない。

rrraaayyy in game

これは二つの特殊能力で解決できる。
画面右下の目玉をタッチしている間は幽霊の場所が、
左下の紫の藻のようなものをタッチしている間は消すべき幽霊の順番が表示される。

ただ、これらの能力を同時に使うことはできないし、使いながら幽霊を消滅させることもできないので、
これらを交互に使って位置と順番を頭に焼き付け、その記憶をもとに幽霊をタッチしていくことになる。

なぜ能力を同時に使えないのだろう?推測してみよう。
ここは人知を超えた異空間。一方で我々はあくまで訪問者に過ぎない。
よって、よそ者である我々が出来ることはこれが精一杯なのだろう!・・・なんて。

rrraaayyy radar

幽霊は常にさまよい、画面中をふらついているので、
迷わず素早く操作しないと、彼らはすぐに入り乱れ、正しい順番でタッチできなくなってしまう。

これはスイトックで手厳しく、初心者であろうと容赦はしてくれない。
最初のうちは意味が分からないうちにゲームオーバーになってしまう。
だが、何度も挑戦するにつれ、能力の使い方や、最適な手順を自然と習得できていくはずだ。

淡々としているものの、やはり上手くなってスコアが取れるようになると嬉しい。

時間が切れるとゲームオーバー。
電子的な警告音と共に画面に幕が降り、ろうそくの小人たちがプレイヤーを迎える中、スコアが表示される。
見世物が終わったのか、あるいは夢から覚めたのか・・・

○最後に

摩訶不思議なゲームだが、システム自体は古い時代を思い起こさせる誠実な作り。
5分10分の空き時間で遊ぶことができるし、音楽や演出は不思議と癖になり、ふと再プレイしたくなるのだ。

rrraaayyy gameover

難易度はかなり高く、ルールも少しややこしいのでゲームに慣れるまでは大変だ。
人によってはゲーム的な部分が分かる前に投げ出したくなるかもしれない。
しかし、ゲームが上手い人も、そうでない人も、このゲームの不思議な空気から何かしらの印象を得られるのではないだろうか。

ものすごく面白いわけでもないが、じわじわとくる面白さがある。
親切ではないが、上達する楽しみがある。
たくさんのゲームが溢れていると、つい目立つものばかり見てしまうけれど、こういうゲームも良いものだと思う。


○外部リンク
作者のサイト
Blue in the Face
○関連記事
iApp 原子力発電の基礎知識の紹介
ランチパックの本の感想


○雑記

この文章を見直している最中に、Appleの設立者の一人であり、CEOであったスティーブ・ジョブズの訃報が流れてきた。
私が言うまでもなく、彼らの作ったコンピューターが世界に与えた影響は計り知れない。

当然、ゲームにもたらしたものも。
Apple][が無かったら、私が大好きなRPGであるUltimaが世に出るのもずいぶん遅れていたんじゃないだろうか。

それにiPod、iPhone、iPad。
これらが世に出て以来、プロ、アマチュア問わないゲーム製作者が、そこで色んなものを生み出し、ユーザーはそれを楽しんできた。
おかげで、今日ではそれが新しい創作の場、新しいゲームマーケットとして認識されるようになった!

私にとっても、Macintoshというものは大きな存在だった。
生まれて始めて触れたコンピューターは父親のMacintoshだったし、最初に遊んだビデオゲームもまた、それで動くシムシティだったからだ。
(年代的には、ジョブスがAppleを出た後に作られたmacだけれど)

自分のする動作に、見た目の変化や数値の応答、あらゆる形で答えてくれるソフトウェア。
それに触れたときの興奮は、今ではもう懐かしい。
あの重い、けれども柔らかい曲線のグレースケールモニターのmacが家になかったら、私はPCゲームに触れていなかったかもしれない。

私はずっとAppleユーザーじゃなかった。
けれども、こうして振り返ると、色々なことを考えずにはいられない。

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